イマージョン
ポーチから急いで、マウスウォッシュを取り出し何度もうがいをし、柑橘系の香水をふりかけ臭いを消す。青白い顔を隠す為にチークの上にチークを重ね、涙目で崩れたアイメイクを直す、つけまつげは取れていない。よし大丈夫だ。聖がきっかけで化粧が上達した。けれど私の化粧は、お洒落としてやっているのではなく、自分を隠す仮面をつける様なものだ。
ひょこひょこしたペンギン歩きで、ごめーん。と、また黄色い声を出す。そんなに待たせていたのか多田の灰皿がいっぱいになっている。すぐさま取り替えた。
「何呑む?ウイスキー?」
「あれがあったじゃん。あれ」
「あぁ、あれねー」
ボーイに合図をする。
「こちらでございますね」
ボトルキープしてある青い瓶の安物の麦焼酎が置かれる。2人で同伴した時に買った物だ。もっと高いの買えよと思ったけれど良い子の美優ちゃんは文句を言わない。ボトルには私が書いた2人の名前に相合い傘がラベル付きの紐で括らている。普段は文字なんて殴り書きだけれど一生懸命丸文字で書いた。
「水割り?お湯割り?」
「ん~…美優ちゃんがアフター答えてくんなきゃ言わない」
瓶で殴ったろか。
「そんなぁ。ちょっとは考えさせてよぉ」
泣きそうな顔をしたら多田は少し焦っている。
「悪ぃ悪ぃ。じゃあカラオケにしよう!な?」
「…分かった」
顔を風船みたいに膨らませ、ふてくされて見せる。それを見て可愛いなぁと頭を撫でる。美優さん。またボーイに呼ばれ、山川のテーブルに戻った。
「おっせーよ。寂しかったよ。流香って子と噛み合わないし」
「ごめんねー。機嫌直して~。乾杯し直しね!」
またビールで乾杯をして、一気に半分呑んだ。
「…なに。これ?」
グラスを置いたテーブルに切った爪が散らばっている。
「美優が、おせーから爪切ってた」
おせーから爪を切る?おせーから爪を切る?おせーから爪を切る。おせーから。何度も自問自答してみたが理解出来ない。爪は家で切るものじゃないの?と言うか爪切りを持ち歩いていると言う事?
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