イマージョン
「何でこんなとこで爪切るの?」
「何でって、暇だったし爪伸びてたから?」
山川の方が不思議な顔をしている。ここに散らばった爪は誰が掃除すると思ってんの?無責任野郎。
「爪切り持ち歩いてるんだね。ふふふ。あははは」
「何がおかしいんだよ?」
「可愛いから!あははは。あははは」
あははは。あははは。あー笑いが止まらない。こいつ最強の馬鹿だ。馬鹿過ぎて笑ってるんだよ馬鹿。私が何か楽しくて笑う訳無いじゃない。笑いの装置を付けているから笑う事が出来るの。くくくく。まだ肩が揺れている。どうしよう。ショートしてしまうかも。冷却しなくては。ビールを全部飲み干し、やっと落ち着いた。
「俺、沖縄に住みてーんだよ」
「え~?沖縄~?」
足を組み、私の後ろに腕を回した格好で煙草をくわえている。火を点け、何で沖縄なの?と興味が無いけれど聞いてみる。
「都会は嫌だよ。沖縄の綺麗な海のそばに家建てて、のんびり暮らしてぇよ」
「ふぅん?」
煙りを吐き出しながら、
「美優とな」
山川は格好良いと思っている私にとっては気持ち悪い笑顔で言う。沖縄なんて日焼けするし、大嫌いな夏じゃないか。ゴキブリはデカいし。勝手に人の未来を作らないで欲しい。こんな小さなテーブルで爪を撒き散らしてしまう無責任野郎には沖縄に行って欲しくない。自然を破壊してしまいそうだから。
「沖縄ねぇ…」
気分を変えて頼んだビールは2人共あっという間に飲み干したので山川と私の焼酎の水割りを作って差し出す。
「なんだ、興味ねぇか?」
「ん~、よく分かんない」
「まぁ俺は美優となら、どこだっていいけどな。例えばホテルとかさ」
だから湿っぽい手で触るなっつーの。
「もっとよく分かんな~い」
「冗談だよ。でも今日アフターしねぇ?」
「あ、今日はダメなの。ウチの事やらなきゃ。洗濯たまってるし」
「じゃあ、次ん時な。次ん時」
山川のグラスを拭きながら笑顔で返して自分の焼酎を呑む。ストレスを感じると酒の量が増える。
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