ｲﾏｰｼﾞｮﾝ

たまらず右の頬を抑える。関根が何か言っている。仕方無くまたｲﾔﾎﾝを外す。
「どうしたの？」
油ぎっしゅな関根が、また近付いて来る。しまったと思った。
「いえ、何でも無いです」
「歯が痛いの？見してみ？」
関根の顔の油だらけの毛穴が見える位、接近してくる。逃げ場が無い。皆、売り場に出ていて頼りない店長も売り場に居る。私は人間と関わりを持ちたくないので助けて欲しいとは思わないが、2対2、今の状況を作り上げた私対関根のﾁｪｽのｺﾏは関根にとって大ﾁｬﾝｽがやって来た。私は関根に追い詰められている。この状況をどう回避しようか一生懸命考えてみる。普段の関根は、おばさん従業員には怒鳴り散らしてｷﾂく当たるくせに今の目の前に居る油ぎっしゅな男は、ただの禿散らかった下心丸出しの、女に相手にされない欲求不満で二重人格で私は良い鴨にされている。
私は黙って目線を反らした。！？、直ぐさま視界がぶれて、一瞬何が起きたのか分からなかった。 顎を掴まれ私の唇に関根の息がかかる。唇があと数ﾐﾘで触れそうになった時、私は身構えした。
「ｷｽされると思った？」
不敵な気持ち悪い、しかし自分では格好良い俺。の様な笑みを浮かべ、関根は売り場へ出て行った。