【ほのB】リトル・プリンス
「どう?
 キスも、あたしの方が、上手いでしょう?」

 まるで、僕をベッドに押し倒すかのように。

 シェリーは、そのカラダの全部を預けて来た。



 ……軽い。

 そして、良い匂いだ。



 いつも、僕を抱きしめるハニーよりも。

 トシキや、他に、僕に迫って来た男達よりも。

 とても柔らかく、華奢で。

 抱きたい気持ちに、拍車がかかる。

 ……けれども。

 奥歯をかみしめて僕は、言った。

「ハインリヒのキスが、下手くそなのは。
 口づけを、僕以外の誰ともしたことが、なかったからだよ、シェリー」

 祖父がドイツ人でクオーターらしく。

 魅力的でキレイな外見を持っているにも関わらず。

 僕に出会うまで、仕事一筋で恋愛どころではなかった、って。

 そう、笑うハインリヒが愛しくて。

 文字通り。

 命を賭けて、僕を愛してくれるハニーが恋しくて。

 その思いを裏切れないし。

 そもそも、僕はハインリヒを心から愛してるんだ。

 シェリーを選んで、彼を独りきりになんて、考えられない。

 そんなこと。

 シェリーにだって、良く判っているだろうに――

 ……


「シェリー?
 僕も変だけど、あんたも今日は、すごく変だよ?
 今まで、僕のコトを完全に『弟』扱いだったじゃないか?
 なのに、なんで、よりにもよってこんな日に迫ってくんだよ……!」

「……ちょっとした、心境の変化よ!」

「ちょっとした、心境の変化!」

 マイペースなシェリーらしい言葉に、僕の力が、がくっと抜ける。

 勘弁してくれよ、もう!

「そんな、気まぐれに付き合う余裕なんてないって、言ってるだろ?
 僕なんかに、簡単に抱かれたりしたら。
 逝った、あんたの旦那が。
 草葉の影から僕を睨むんじゃないか?」

「……睨まないわよ、別に!
 早瀬倉は、螢ちゃんのこと、買ってたし!
 それに『簡単に』なんて、抱かれたりするもんですか!
 あたしは、直斗のためを思って……」


「……え?」
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