月と太陽の事件簿16/さようならの向こう側
腕時計は、そこから出てきた。

何かの拍子に外したはいいが、そのまま忘れていたらしい。

「お忙しいところ、ありがとうございました」

達郎兄ちゃんにならってあたしも一礼する。

藤上先生は腕時計を手にしたまま、あたしたちの前から立ち去った。

「時計を外したこと忘れるって、そんなことあるのかしら」

あたしは藤上先生の背中を見ながらつぶやいた。

「あまり聞かないな」

達郎兄ちゃんも同じ考えのようだ。

「ホントどうしたんだろう、先生」

「何かあったのか」

「昨日もなんか変だったんだよ」

あたしは往診の時の藤上先生の様子を話した。

「昨日から変、か」

達郎兄ちゃんは口の中でぶつぶつと繰り返した。

「昨夜、藤上先生と一緒に捜索にあたってたという看護婦にも話を聞かないとな」

「高森さんにも、でしょ?」

あたしは達郎兄ちゃんを見上げた。

「わかってる」

達郎兄ちゃんはうなずいて、苦笑した。

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