月と太陽の事件簿16/さようならの向こう側
「でもこのままじゃいけないと思ったんだ!」

和夫さんの叫びに嗚咽が混じる。

「多江さんは目の前にいるのに、最初から兄さんに負けた気でいるなんて、いけないと思ったんだ…」

え。

それって…。

和夫さんの言葉には聞き覚えがあった。

胸の動悸が早くなる。

「だから僕は、多江さんに真実を告げた」

「それで、多江さんは何と?」

達郎兄ちゃんが訊いた。

「最初、多江さんは何も言わなかった」

その沈黙は無限のように思えたと、和夫さんは語った。

いたたまれなくなってその場を去ろうとした時、ようやく多江さんが口を開いた。

『ごめんね』

多江さんは静かにそうつぶやいたきり、何も言わなくなった。

再び訪れた沈黙に耐え切れなくなった和夫さんは、そのまま病室を飛び出した。

「そして次の日、多江さんは…きっと兄さんがいないことが…」

「隆夫さんがこの世にもあの世にも存在しないことを知って、絶望したのね…」

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