月と太陽の事件簿16/さようならの向こう側
人目につかないように多江さんを運んで投げ落とすというのは、多江さんが全く抵抗しなければの話だ。

「恐らく多江さんは眠らされていたんだろう」

達郎兄ちゃんは先ほどのファイルを開いた。

「多江さんの腕には真新しい注射の痕があったと報告書にはある。これは藤上医師に睡眠薬を注射された痕だろう」

達郎兄ちゃんは左腕を右人さし指でトントンと叩いた。

「睡眠薬の注射なんて、そんな簡単にできるものかしら」

麗美姉ちゃんが再び疑問を口にした。

「これも達郎に言われて調べてみたんだけど、雪村多江が睡眠薬を常用してただなんて証言はなかったわよ」

なのに突然、睡眠薬を注射すると言われても、応じるだろうか。

麗美姉ちゃんはそう言いたいのだろう。

「今から、ジアゼパムを注射します」

達郎兄ちゃんはいきなり改まった口調でしゃべり出した。

「ジアゼパムは坑不安剤です。心労に対する効果が期待できます」
< 143 / 166 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop