月と太陽の事件簿16/さようならの向こう側
「経営者が亡くなった後に雪村多江が死ねば、遺言は無効になって、婦長に権利が移る可能性があるかもしれない」

うんうん。

「でも生前に多江が死んでも、意味がないわ」

「そこなんだけどな」

達郎兄ちゃんは飲み干したコーヒーの缶をいじりながら言った。

「多江さんは治っていたんじゃないだろうか」

「治っていた?イェマント氏病が?」

思わず訊いたあたしに向かって、達郎兄ちゃんはうなずいた。

「きっかけはカホから聞いた話だ」

「あたしの話?」

「多江さんは恋人を失ったことが原因で、抜け殻のようになり、イェマント氏病を患った」

うん、その通り。

「しかし死の直前、多江さんの様子は変わっていた。そうだな、カホ」

あたしはうなずいた。

「カホはそれを、人格が変わったとか、一本芯が通ったような感じだと表現した」

なんかそんなことを言った気がする。

「それは多江さんが本来の自分を取り戻したからじゃないだろうか」

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