月と太陽の事件簿16/さようならの向こう側
「そうだ」

「でも実際に多江さんは入院してるんだよ」

あたしの言葉に、達郎兄ちゃんは唇を尖らせた。

「多江さんはイェマント氏病かもな」

「イェマント氏病?」

「70年代に、ドイツである症例が確認された」

患者は50代の女性。

医者に向かって彼女はこう語った。

『夫がテレビの前からどいてくれないんです。おかげでテレビが見られません』

医者はこう答えた。

『御主人にどいてと頼めばいいじゃないですか』

女性は首を振った。

『それは無理です』

『なぜですか』

『だって夫は2年前に亡くなっているんです』

ジョークではない。

本当にあった症例だそうだ。

「女性は夫が死んでいることを、はっきり認識していた。にも関わらず、夫の姿が見えていた」

「そういう症状が出ることをイェマント氏病っていうの?」

「正確に言うと神経発達物質が脳内で減少、それに対する代謝作用が引き起こす幻覚が見える事をいう」

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