月と太陽の事件簿16/さようならの向こう側
多江さんは言った。

「新歓の席で一度、口にしただけですよ」

その一言を覚えてるのは確かに変だ。

むしろあやしい。

さては達郎兄ちゃん、多江さんに気があるのか(もしくはあったのか)と邪推してみる。

「知り合った相手の顔と名前、特徴を覚えるのは、欧米では常識です」

達郎兄ちゃんは事も無げに言った。

「だからクリスティーの【そして誰もいなくなった】という傑作が成立したんですよ」

達郎兄ちゃんには海外留学の経験がある。

多江さんの事を覚えてたのは、そこで身につけた習慣からだったようだ。

なんだ、面白くない。

なんか勘ぐって損したって感じ。

その時、小さなメロディが鳴った。

多江さんの携帯だった。

「隆夫さんからだわ」

携帯を見て、多江さんが言った。

「返信が遅いので焦れたんですかね」

達郎兄ちゃんが訊くと、多江さんは首を振った。

「ここに来る途中で、返信はしておいたんです」

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