月と太陽の事件簿16/さようならの向こう側
和夫さんは多江さんと初めて会ったその日に恋に落ちた。

問題は多江さんのかたわらに、兄の隆夫さんがいたこと。

その日は隆夫さんが多江さんを紹介しにきた日だった。

その日から和夫さんの苦しみは始まった。

「弟の僕が言うのもなんだが、兄はいい人だった。尊敬もしていた」

それがなおさら和夫さんの苦しみを増した。

愛した人に恋人が。

しかしその恋人を憎むこともできない。

不慮の事故で隆夫さんがこの世を去ってからも、それは同じだった。

多江さんが毎日、隆夫さんのことを想い、自分の殻に閉じこもってしまったからだ。

「僕にはもう、勝ち目はなくなった」

勝ち目?

「あの、それどういう意味ですか」

「考えてみてくれ。兄さんはもうこの世にはいない。多江さんの中で、ずっと変わらずに生きてゆくんだ」

例えていうなら、理想が真空パックされてるってことか。

「多江さんは毎日、兄の姿を求め、自分の殻に閉じこもり続けた」

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