月と太陽の事件簿16/さようならの向こう側
和夫さんの指が止まる。

沈黙は1分…いや、10分とも、1時間ともとれる重い沈黙が続いた。

「前にも言ったろ」

和夫さんが口を開いた。

「僕にはもう、勝ち目はないんだ」

和夫さんの言いたいことはわかる。

多江さんの中には生前の隆夫さんがいて、その隆夫さんはずっと変わらず同じ姿のまま。

多江さんを傷つけたり、裏切ったりしない。

でもだからといって。

「死人には勝てないって誰が決めたんですか」

あたしはまっすぐ和夫さんを見た。

「確かに多江さんの心の中は、隆夫さんの思い出でいっぱいかもしれません。でもそれが何だっていうんですか」

「旭さん…」

戸惑うような和夫さんの声。

でももう、あたしは止まらない。

「そりゃ多江さんに和夫さんは見えてないかもしれません。でも、多江さんは和夫さんの目の前にいるんですよ」

目の前にいるのに、自分から姿を消すなんて。

生きてる人間よりも、死んでる人間の方が強いなんて。

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