月と太陽の事件簿16/さようならの向こう側
ところが今日は違う。

その手に携帯はあるが、視線はまっすぐ。

屋上の向こう側、つまりは病院の外を見ている。

そこにあるのは何の変哲もない普通の街並み。

多江さんは、その普通の街並みをじっと眺めていた。

「多江さん」

声をかけても反応なし。

「多江さん」

2度目の呼び掛けで、ようやく振り向いた。

「旭さん」

驚いたような顔で、多江さんはあたしを見た。

その顔があたしには新鮮だった。

だって多江さんというと、ニコニコとしてる印象しかなかったから。

「いつからいたの?」

「ちょっと前からです」

答えるあたしに、初めてあった時のように、座るスペースをあけてくれる多江さん。

あたしは腰をおろした。

「今日は話があって来ました」

仰々しくならないように、早めに話を切り出す。

「あたし退院が決まったんです」

それを聞いた多江さんは笑顔になった。

「おめでとう」

そう言ってあたしの顔をのぞきこむ。

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