そして僕は恋に墜ちた
ドアを開けて、廊下の方へと急ぐ。


『………』


その背中に、大悪魔が小さな声で何か言った気がした。

僕は反射的に振り返り

『…え?』

と、聞き返すと、ゆっくりと閉まって行くドアの向こう側で大悪魔は、とぼけた顔で横を向きながら、野良犬でも追い払うかの様に、手を振ってみせた。

直後、ドアが静かに閉まり、大悪魔の姿はもう見えない。






『……なんだよ』


もう一度、ドアを開けて聞き返す事も出来たけど僕はそうしなかった。


微かに聞こえた気がした言葉は、大悪魔の口から出て来るとは思えない言葉だったし

聞き直した所で、答えてくれるはずも無い。

もしかしたら、僕が聞いたと思った言葉は、勝手な聞き間違いだったかもしれない。




聞こえた言葉を信じていれば、それは僕の中だけでは本当の事になるから。


今はそれでいいと思った。


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