恋夜桜
「やばい、間に合わない……」
立ち止まったのは駅まであと5分くらいという微妙な地点だった。
開いた携帯の時計は、発車時刻の1分前を示している。
悔しいけれど間に合いそうにない。
熱いこめかみを汗が伝い、私はため息をついて空を見上げた。
黒いくらい深い紺色の空を、銀色に煌めく星とぽっかり浮かんだ金の満月が支配している。
肩で息をする私の火照った身体が、涼しい夜風によって冷まされていく。
走るのをやめただけで世界が変わったような気がした。
耳を澄ませば、遠くで蛙や虫が鳴いている。
街路樹が騒めく音が聴こえる。
気付けば、私の息はすっかりととのっていた。