恋夜桜
それなのに、何かにとり憑かれたかのように桜の下へと足が動いた。
薄いヴェールのような月光が降り注ぐ桜の大樹は、柔らかな花弁を舞散らせながら静かに佇んでいる。
私は笛の哀しげな音色を感じながら、しばしそれに見惚れていた。
この世のものではないような、そんな美しさがある。
魅入られてしまったのかもしれない。
そう錯覚するほど、私はぼうっと桜を見ていた。
はらはらと無数の可憐な薄い花弁が闇のなかを舞落ちていく。
そのとき、ふと静寂が訪れた。
途端に、あ、と拡散していた意識が冴える。
「今晩は、そこのお嬢さん」
同時に、私のものではない声が頭上から響いた。