恋夜桜
時間はまだまだ残っている。
大きな桜の樹は今まさに咲き誇って、闇の中でぼんやりと発光しているかのようだ。
私は騒めく胸を手で押さえて、疑問を重ねた。
「あなたが笛を吹いてたの?」
「そうですよ。聴かれていたんですね、」
桜の上の人らしき男は恥ずかしそうに笑った。
「まあ、それはいいとして、あなたは何者?犯罪者じゃなければ降りてきてほしいんだけど……」
夜中に桜の上で楽器を演奏するロマンチックな犯罪者はいないと、私は信じたい。
そんな奴がいたら物凄く嫌だ。
「そうですね……じゃあ、とりあえず其方に行きます」
どこか甘さのある若い声は、そう言って暫し沈黙した。
自分で提案したのにも関わらず、鼓動が速くなる。
私はもしものときの為に、逃げ出す態勢をとっておいた。