恋夜桜
春風が私の髪と桜を揺らし、花弁を連れ去ってゆく。
私は、突然の強い風に左腕を顔の前に翳した。
――――桜に攫われる。
私の脳裏にそんな言葉がよぎった。
風は幻のように、あっという間にやんだ。
髪や服に何枚かついた桜を払えば、ひらひらと遊びながら落ちてゆく。
顔を上げると、中空に舞う花の中に男の人が佇んでいた。
「あ、」
私は目を丸くして、息を呑んだ。
「改めまして今晩は。お嬢さん」
優しげな声。
木の横笛を手に持ったその人は、涼しげな笑みを浮かべてそう言った。