と・な・り。
「あらっ! 美優。なんだ、帰って来てたの?」
あたしのこの怒りに満ちた顔を見ても、目の前の人はそれほど焦ることもなくマイペースに首を傾げる。
そのマイペースさが余計に腹が立ってくる。
「………あらっ…じゃないわよ。あのリビングは一体どういうことよ! ずっと前から約束してるでしょ。散らかすのはこの部屋でだけって。どうして、リビングに丸められた紙くずが散らばってたり、仕事の資料が散乱してるわけ?」
「ああ。あれね………」
まるで人事のように、ギシッと椅子をきしませながら背もたれにもたれ、上を見るお母さん。
そして、一息ついたかと思うと、ニコリと微笑んで、
「今日、編集の金井ちゃんが来たのよ。その打ち合わせでね、リビングで話してて、その時にいろいろアイディアとか出し合ってて。たぶん、それで散らかってるんだわ」
と、何の反省も謝罪もなくあっけらかんと言い放った。
言われたこっちのほうが大ダメージを受けそうなほどにあっけらかんと。
この人はいつもそう。
いつだってマイペースでいつもペースを崩されるのはあたし。
たぶん、みなさん気づいていると思いますが、この人があたしの母親の佐倉早苗。
冒頭部分でも紹介してますよね。
そう。
あの自称人気作家と豪語している母親です。
ペンネームは桜早苗。
少しだけ変えているだけでほとんど本名。
小説家などしているからか、普通の主婦とは違う、変わり者。
家事なんて一切しない。
あたしは生まれてこの方、お母さんが家事をしているのを見たことがない。
お父さんが家事をしているのは見たことがあるけど……。