と・な・り。
聞こえるか聞こえないかというほどの小さな声だったけど、ぼそぼそと確かにあたしの耳には聞こえた。
そんなこと今までの中で初めてだったから、あたしは思わず隼人の顔をまじまじと見てしまう。
「あんた……、大丈夫? 熱でもあるんじゃない?」
あたしはコンロの火を止め、お玉から手を離すと、少し背伸びをして横にいる隼人の額に手を当てる。
「熱はないみたいね。…どうしたの?」
あたしは怪訝な顔で隼人を見つめる。
こいつがこんな殊勝なことを言うなんて絶対何かよからぬことでも企んでいるとしか思えないもん。
「なんだよ。それは………。俺が礼を言ったらおかしいのかよ」
「うん。おかしい。今までそんなこと一度だってなかったじゃない。何か企んでいるとしか思えないわよ。先に言っておくけど、何も言うこときかないわよ」
即答で答えるあたしを見て、隼人は口をパクパクと動かしながら、あたしを睨んでくる。
「あのな! 別に何も企んでなんかいない! ただ単に礼ぐらい言わないと思っただけだろ。お前はどうして、いつも俺にはそうなんだよ。今日なんて、クラスの男子に無駄に愛想振りまきやがって」
「はあ? 愛想振りまくって。誰によ。別にあたしは誰にも愛想なんて振りまいてなかったけど………」
そんな風に一方的に言われながらも一応、思い返すが、学校で愛想を振りまいていた記憶なんてあたしにはない。
普通にいつもと変わらないように1日が過ぎていった気がするけど………。