と・な・り。
「あっ! そっか! そうしよう」
少しの間、逡巡したのち、お母さんはポンッと手を叩き、1人で納得した。
どうやら、結論が出たみたい。
やっとのこと、現実世界に帰ってきたお母さんは目の前にいるあたしたちの存在をやっと認識する。
「あらっ、金井ちゃん。いらっしゃい。いつから来てたの? ちょっと、早くない?」
リビングのドアを開けながら、あっけらかんと言い放つお母さん。
締め切りのばしてもらっているのに、よくそんなに堂々としていられるなぁと感心しちゃう。
そんなお母さんの物言いにも全く怒らず、金井さんはにっこりとした笑顔でやんわりと答える。
「実は、仕事が予定よりも早く終わりまして、ちょっと早く着きました。あとは、先生からの原稿をいただくだけですので………」
やんわりと言ってるはずなのに、喉元に鋭い刃物を突きつけているような気がするのはあたしだけなのかな?
お母さんは金井さんの言葉も笑って受け流している。
優しいのに、言うことはきちんと言う人。
それがお母さんの担当である金井雅彦(かないまさひこ)さん。
お年は今年でやっと30になるはず。
若いながらも期待をかけられているらしい。
これは、お母さんからの情報だけどね。
背もすらりと高くて少し短めの髪をきっちりと整えている金井さんは見た感じは好青年そのもの。
まあ、見た目だけじゃなく性格も好青年だけど…。
年齢からは想像もできないほどしっかりしてて、ちょっと驚いちゃう。
新人同然の金井さんがお母さんの担当になったのが、約3年前。
それまでは違うベテランの担当さんだったんだけど、はっきり言って金井さんのほうができるとあたしは思う。
お母さんに言いように言い含められないところは若いながらにすごいところだもんね。
こんな風に締め切り延ばされても怒らないけど、きちんと釘は刺すところ。
前の担当さんなんて、お母さんに上手いこと言いくるめられて結局、期限を1週間延ばしてもらうなんてざらだったもの。
こんなに好き勝手やって、よく、捨てられずにここまで小説家を続けられることにあたしは不思議だもん。