と・な・り。
「ねえねえ、佐倉さん。佐倉さん、隼人くんから何か聞いてる?」
突然、挨拶を交わすぐらいしか接点のないクラスの女子に聞かれ、あたしはキョトンと彼女を見つめる。
「聞くって…何を?」
「隼人くんが5組の香取さんと付き合ってるって」
「えっ?」
「何も聞いてない? 佐倉さん!」
聞かれているのに、彼女の声が遠くに反芻する。
なに?
どういうこと?
隼人…断るって言ってたのに…気に入らないって言ってたのに………。
ドクドクと嫌な音をさせながら、心臓が騒ぎ出す。
「聞いてないよ。………全然」
表情を作ることもできなくて、あたしは一点を見つめたままで、なんとか言葉を紡ぐ。
「そっか…。佐倉さんも何も聞いてないんだ~。ごめんね、急に」
手を振りながら、彼女が去っていくのをあたしも手を振って見送る。
「南条くん、結局あの告白受けたんだね」
いつの間にやらすぐ傍にいた麻衣。
ホント、神出鬼没なんだから。
麻衣の突然の登場のおかげであたしは何とか沈んでいた気持ちを浮上させることができた。
「そうみたい。別にいいんじゃない? これであたしも隼人の面倒見なくてすむし」
ヘラヘラと笑いながらあたしは次の時間の教科書を取り出しトントンと机で整える。
「まあ、美優がそれでいいなら私は何も言わないけど………。次の授業は数学じゃなくて古文よ」
ツイッと指を指して指摘され、あたしは確認すると慌てていそいそと間違ってだしていた数学の教科書をしまった。