夏の鈴
走りやすい格好に着替え、俺と親父は外に出た
早速慣れた様子で親父が軽く走り出す
お決まりのジョギングコースがあるみたいで、俺はそれに付いて行った
走るペースはかなり遅めで、もしかしたら親父は俺に合わせてくれているのかもしれない
自宅から土手沿いの道に向かい、車も通らない遊歩道の道は肩を並べて走りやすかった
視界には土手の周りを流れる川が見え、草むらには綺麗な花が咲いている
『たまにはジョギングもいいだろ?』
走りながら得意気に親父が言った
ジョギングなんて中学校の体育以来だけど、不思議と走るのが気持ち良かった
『うん』と返事をすると、親父の顔がまた得意気になった
土手の道もこうしてゆっくりと目を向ける事なんてなかった
小さい頃は良く遊びに来ていたけど、今は通る事さえない
親父がいつからこの道を走り始めていたのか知らないけど、ずっと前からこの景色を1人で見ていたのかな?
春も夏も秋も冬も、変わりゆく景色をどんな気持ちで走っていたのだろうか?
『ねぇ親父…すぐに出来たんだね』
心の底から出た言葉に親父はすぐに反応した
『…なにがだ?』
俺は生暖かい風を顔に感じながら、静かに言った
『こうやって肩を並べる事、俺…こんなにすぐにできたんだ』
勝手に親離れして、勝手に一人で生きているような気になって……
親父がジョギングしていたこの道はこれからもここにあり続ける
春夏秋冬、それぞれの季節に合わせて気温も景色も変わっていく
だけど、俺と親父が二人で走れる時間は今しかなくて
桜が咲く春、落ち葉が散る秋、雪が舞う冬
そんな季節をもう二度と親父と一緒に過ごせない