誠ノ桜 -桜の下で-
『お前もあやつ等の子、斬ってくれる!!』
襲い掛かってきた村人の一太刀を避け、凜は
緋桜を抱えたまま逃げ出した。
何度後ろを振り返っても、村人達がいる。
更に雨が降り始め、雷が鳴る。
恐怖が凜の心を占め、泥濘(ヌカルミ)に足を取ら
れて転んでしまった。
じりじりと迫る距離に、凜は両親の形見とな
った緋桜を抱き締める。
『――何をしているのだ』
宥(ナダ)すような、でもしっかりとした怒声が
聞こえた。
凜はギュッと瞑っていた目を開け、後ろを振
り返る。
『大丈夫か』
そこには、当時二十五ぐらいの松平がいた。
この時には既に松平は会津の藩主を任されて
おり、村人達は一斉に怯んだ。
『ま、松平様…!』
たまたま、幕府に呼ばれて江戸に来ていた帰
りだったのだ。
凜は僅かな希望の眼差しで松平を見つめて、
緋桜を更に強く抱いた。