《短編》夏の雪
車はやっと、彩音の家の前に到着した。
彩音は名残惜しそうに車から降りる。
「雪ちゃん、また連絡するからね」
「おー」
「シカトしないでよ?」
「しねぇよ」
小突き合うふたり。
「じゃあ、夏美、また明日ねー」
「ほいほい」
「雪ちゃんもばいばーい」
あたしと雪ちゃんは、家に入るその背を見送る。
が、ドアを開け、ふと足を止めた彩音は、顔だけをこちらに振り向かせ、
「雪ちゃん、夏美に変なことしちゃダメだからねー」
「するわけないっしょ?」
「んじゃあ、いいや。夏美のことよろしくね。ばいばーい」
「ほーい」
冗談なのか、本気なのか。
彩音は言って、扉を閉めた。
急に静かになって、何となく、隣の雪ちゃんに目をやると、
「乗って。S町でしょ? どの辺?」
と、聞きながら、目線だけであたしに助手席へ座るように促す。
まぁ、この状況で後部座席に乗るってのも変だけど、でもこの人の横ってのもどうなのか。
とはいえ、断る理由もなく、あたしは先ほどまで彩音が座っていた助手席のドアを開けた。
妙にドキドキする。
意味不明なあたしの心臓。