《短編》夏の雪
唇を離した雪ちゃんは、先ほどと同じ顔で笑ってた。

そして、笑いながら言った。



「夏美ちゃん、気付いてた?」

「………」

「夏美ちゃんね、今日、ずっと俺のこと見てたんだよ」


そうかもしんない。

あたしずっとこの人のこと見てた気がする。


だけどそれは決して恋なんかじゃなく、ただの羨望で。



「あんたさぁ、自分のこと見てる人がいたら、いっつもこういうことしてんの?」

「彩音ちゃんにはしてないよ」


そんなこと聞いてんじゃないんだけど。

少し呆れたあたしをよそに、雪ちゃんは「だから内緒ね」と笑った。


秘密の共有という毒が、あたしを変な思考にさせる。


まるで、親に隠れて悪さをする子供のように。

雪ちゃんは、なのに悪びれる様子もなく笑いながら、またあたしの唇を奪った。




ほんとろくでなしだなぁ、この人。




でももう共犯みたくなっちゃったあたしは、何も言えなくて。


雪ちゃんの冷たくて長い指があたしの太ももから侵入する。

声が漏れて、後戻りできなくなる。



自動販売機からの微かな明かりが雪ちゃんの横顔を照らして。



狭い車内と、無理な体勢。

秘密と、誰かに見られるかもしれないという緊張感。


そのすべてが、あたしをおかしくさせる。


それは熱帯夜の中で見る夢のようで。

眠くて、何が現実なのかももうよくわからないほど飽和状態だったから、あたしは本能に突き動かされるみたいに、目の前にいる雪ちゃんを求めた。
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