《短編》夏の雪
それから、雪ちゃんと少し他愛もないことを話し、家まで送ってもらった。
車を降りると、雪ちゃんは楽しそうに笑いながら、
「ついでに番号教えといてよ」
「……は?」
「いや、番号」
雪ちゃんは手の平を差し出してくる。
携帯を出せ、ということらしいが。
「気が向いたら掛けるかもしんないけど、わかんない。でもとりあえず」
何じゃそりゃ。
あたしは暇潰しにされんのね。
肩を落とし、あたしは、自らの携帯の携帯の番号をディスプレイに表示させ、それを雪ちゃんに差し出した。
「気が向いたら出るかもしんないけど、わかんない。でもとりあえず」
同じ言葉で嫌味混じりに返してみたのに、雪ちゃんは顔色ひとつ変えることなく、「はいはい」と受け流す。
腹立つなぁ、もう。
てか、何であたし、一夜限りのはずの男とご丁寧に番号交換とかしちゃってんだか。
確かにヤッちゃったけど、あれは流れみたいなもんだし、別に彩音から奪ってやろうだとか、そんなことは思っちゃいないよ、うん。
「じゃあ、俺そろそろ帰るわ」
あたしに携帯を返した雪ちゃんは、相変わらず淡白に言う。
こいつとあたしの間には、恋も愛も芽生えちゃいないということが、よくわかる。
そんなことはありえないという空気が流れてる。
「ばいばいきーん」
あたしはあくびを噛み殺しながら、適当に言って、さっさと家に入った。
とりあえず、寝よう。
それがいい。
これは蒸し暑い夏の夜に起きた、事故みたいなもんってことで。