《短編》夏の雪
笑い続けるあたしを乗せて、車は走り出す。
ほんとにエアコンの調子が悪いらしく、さすがに暑くなったあたしに雪ちゃんは、「夏美ちゃんも脱げば?」なんて言ってくる。
が、さすがのあたしでも、下着姿でいられるほどの恥知らずにはなれない。
「そんで、今日はどこ行くの?」
海、山、川、カラオケ、肝試し、エトセトラ。
雪ちゃんはいつもあたしをわけのわからないところへばかり連れていく。
「もう廃屋は勘弁だからねー? あたしが見たの、絶対幽霊だったよ、あれ」
「俺んち」
「え?」
「だーかーらぁ、今日は俺んちね」
雪ちゃんはこちらを向かずに言う。
「雪ちゃんち? え、何で? どしたの? てか、マジで言ってる?」
「何となくね」
びっくり箱みたいな人の思考も、やっぱりびっくり箱で。
答えになっていない返事を聞きながら、聞いても無駄だと、あたしは肩を落とす。
しかし、雪ちゃんのテリトリーに行くというのは、いかがなものか。
雪ちゃんは、風のような、雲のような人だ。
だからもしかしたら現実には存在していなくて、ほんとは幽霊とか幻とかなんじゃないかと、時々思っていた。
なのに、そんな雪ちゃんが実際に暮らしてる場所に?
行きたくなかった。
雪ちゃんとは、何も知らないからこそ、一緒にいて楽しめるのに。
なのに、雪ちゃんは、あたしをそこに連れて行こうとする。
だけど結局、嫌だとは言えないまま、珍しく言葉少ないあたし達を乗せた車は走る。