《短編》夏の雪
「雪ってさ、時々すげぇ腹立つけど、何でだか憎めねぇんだよなぁ。あれはタチが悪い」


まるで独り言のように呟いた修司くんは、吸っていた煙草を窓の外へと放り投げた。



「あたしの家、すぐそこだから。ここでいいよ」

「あそ」


修司くんは路肩に車に停車させる。


空は少しばかり夜明けの色になっていた。

でも誰も通らない、大通り。



「どうもあんがとでしたー」


あたしはそれだけ棒読みで言って、車から降りようとしたが、



「おいこら、てめぇ無賃乗車だぞ」

「マジで言ってんの? あたしひゃくおくまんえんも払えないってー」


おどけて返した瞬間、腕を引かれ、唇が奪われていた。


あらら、どうしましょ。

いつかのデジャブっぽい。



「……何してんの?」

「いや、何してんだろうな、俺」

「はぁ?」

「ま、いいや。今のでひゃくおくまんえんってことで」


体で払わされた?

なんて、冗談は置いといて、あたしはさっさと車から降りた。



「いいんならいいよ。ばいばいきーん」

「おー」


修司くんはさっさと車を走らせる。


キスのひとつやふたつ、あたしにも、雪ちゃんにも、修司くんにも、意味はない。

学校で習うわけのわかんない数学の方程式と同じくらい、意味はない。
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