《短編》夏の雪
呟いたあたしの声は乾いていた。



『でも、俺が40になっても独身だったら、その時は結婚してあげてもいいよ』


いつだったか、雪ちゃんに言われた言葉が鼓膜の奥に蘇ってきた。


どこまでも勝手な男だ。

自分で言っておいて、言った本人のが先に結婚とか決めちゃってんだから。



そう、雪ちゃんの中では“もう決まったこと”。



「想像できないね、色々と。雪ちゃんから“遊び”を取ったら何が残るの?」

「わかんない。つまんないもんしか残んないかもね」


つまんないもんしか残んなくても、宿った命の方が大切なのは、当たり前のことだ。

むしろ、雪ちゃんが“カノジョのみっちゃん”に「堕ろせ」とか言わない男でよかった。


よかったんだよね、これで。



「夏美ちゃんと知り合ってから、俺すげぇ楽しかったよ。ここまで俺に付き合ってくれる子なんていないし」

「そりゃそうでしょ」

「でももう年貢の納め時。チャラ男は卒業します。悔いはいっぱいあるけど、これからは俺だけの人生じゃないんだしさ」


雪ちゃんは笑う。



「おめでと」


涙は出なかった。

あたしと雪ちゃんの関係は、最初からその程度でしかないのだから。


少し寂しいけれど、でもいつかはこんな風なさよならが待っているってわかってた。



むしろ、さよならを言えるだけいい。



「あたしも楽しかったよ。多分、忘れない」


ふわりと吹いた風が、木々を揺らす。

新しい方向へと、雪ちゃんを突き動かす。
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