《短編》夏の雪
雪ちゃんは立ち上がった。

そしてあたしを一瞥し、



「俺ね、何だかんだグダグダ生きてるうちに気付いたら年取ってて、40になって急に不安になった時に、手近なとこにいる夏美ちゃんのこと思い出してそのまま流れで結婚するんだろうなぁ、って思ってたのに」

「あんた、マジであたしのこと何だと思ってんのよ」

「いや、でも、それでいいんじゃないかなぁ、とは思ってたから。今回のこと、本心を言えば、ちょっとだけ失敗した。欲望に負けてしまった結果ってやつ?」


雪ちゃんは自嘲する。



「失敗とか言うな。これは雪ちゃんが真面目になるための、神様が与えてくれたチャンスだよ」

「そっか」

「そうだよ」


って、何であたしが励ましてんのよ。

ほんとに困ったやつだなぁ、もう。



「修司くんによろしく言っといて。あたし番号とか知らないから」

「うぃ」

「あと、女の人の幽霊の話は嘘だから、ってのも、一緒に伝えといてよ」

「……何の話?」

「伝えてくれればわかるだろうから」

「そっか。了解」


あたしも立ち上がる。

雪ちゃんは、最後にあたしを抱き締めた。



「もう会うこともないだろうから、達者で暮らせよ」


雪ちゃんなりの、真面目っぽさをアピールしてるらしい、最後の挨拶。

あたしは笑った。



「ばいばい、夏美ちゃん」

「うん、ばいばい。元気でね」
< 59 / 62 >

この作品をシェア

pagetop