《短編》夏の雪

帰りたい、帰りたい、と、あれほど車内で思っていたはずなのに、到着した場所が海だった時には、あたしのテンションはちょっと上がった。



「すっごーい! 気持ちいいー!」

「泳ぎたーい!」


ローファーを脱いで、ルーズソックスを放り投げて、裸足で砂を踏み締めながら、嬉々とするあたし達。


わかってるよ、単純だってことくらい。

でもね、好きなんですよ、海。



「こらこら、きみ達、汚れたらどうすんの」


少し離れた位置から、まるで保護者のような口調の雪ちゃん。


雪ちゃんの金髪が、陽に透けてきらきらしてる。

水面の輝きよりも綺麗に見える。



「雪ちゃーん! 行こう、行こう!」


彩音はそんな彼の腕を引く。

雪ちゃんは「おわっ!」と言いながら、でも楽しそうだった。


あたしは置いてけぼりですか。



「なぁ、名前何チャンだっけ?」


背後からの声に振り向いた。


はしゃぐ気なんかまるでない、修司くんの咥えている煙草の煙が風に舞う。

スカした感じのボブ・マーリー。



「夏美」

「そっか。夏美ちゃんね」


確認めいた言い方で言って、目を細めた修司くんは、



「雪はろくでなしだから好きになんない方がいいよ」

「……え?」

「って、あのオトモダチに教えてあげれば?」
< 7 / 62 >

この作品をシェア

pagetop