《短編》夏の雪
帰りたい、帰りたい、と、あれほど車内で思っていたはずなのに、到着した場所が海だった時には、あたしのテンションはちょっと上がった。
「すっごーい! 気持ちいいー!」
「泳ぎたーい!」
ローファーを脱いで、ルーズソックスを放り投げて、裸足で砂を踏み締めながら、嬉々とするあたし達。
わかってるよ、単純だってことくらい。
でもね、好きなんですよ、海。
「こらこら、きみ達、汚れたらどうすんの」
少し離れた位置から、まるで保護者のような口調の雪ちゃん。
雪ちゃんの金髪が、陽に透けてきらきらしてる。
水面の輝きよりも綺麗に見える。
「雪ちゃーん! 行こう、行こう!」
彩音はそんな彼の腕を引く。
雪ちゃんは「おわっ!」と言いながら、でも楽しそうだった。
あたしは置いてけぼりですか。
「なぁ、名前何チャンだっけ?」
背後からの声に振り向いた。
はしゃぐ気なんかまるでない、修司くんの咥えている煙草の煙が風に舞う。
スカした感じのボブ・マーリー。
「夏美」
「そっか。夏美ちゃんね」
確認めいた言い方で言って、目を細めた修司くんは、
「雪はろくでなしだから好きになんない方がいいよ」
「……え?」
「って、あのオトモダチに教えてあげれば?」