たんすの中の骨1
雨が降り出す。
彼女の家の庭の紫陽花は、ふるふると小さく揺れた。
「おい、窓くらい閉めろよ」
どれほど時がたったのか。彼は部屋に一人きりの彼女を見つけて声をかけた。
彼のジャケットは少しぬれていた。きっと雨の中を、彼女のために駆けてきたのだろう。彼はいまにもなし崩れそうな気持ちを引き締め、彼女の隣に座った。彼女は何かすがるような気持ちを隠したまま、彼の上着に付いた水滴をはらってやった。
「私ね」と、彼女は話す。
「雨が降ると、あの人のことを思い出すの」
彼は青白いままの彼女の顔を、黙ったまま見つめる。
「すごく意地悪で頭が良くて、気味が悪いくらいきれいでかわいそうなあの人のこと」
彼女の声は震え、大きな目には涙が浮かんでいた。彼は彼女の手を、静かに握る。
「助けてあげられなかった」
胸のつまるような、こらえたような泣き声がしばらく続いた。彼は彼女の肩を抱きながら、棚の上にある写真たてを眺めているようだった。
もしかしたら、さっき見てきたものと私を、見比べていたのかもしれない。