Fahrenheit -華氏- Ⅱ
あぁ!瑠華ちゃんっ!!俺を置いて行かないで!
部屋を出る前は瑠華にべったりだったのに一歩外に出ると、途端に
シャキッ
俺は背筋を伸ばした。
「どちら様ですか?」ってな具合に、瑠華が俺を見上げてくる。
ふんっ。なんとでも言ってヨ。
俺は彼女のスーツケースを引きながら、エレベーターに乗り込む。
さすがに朝早いからな。誰にも出くわすことはない。
ときどき……
ホントに時々だけど、俺と瑠華が一緒に居るところへ他の住人と出くわすことがある。
下は6,000万から上は、ん十億とするマンションに住む住人だからな。
代議士とか、弁護士とか、医者とか…とにかくその辺の金持ちが住んでるに違いない。
そんな人間を夫に持つ奥様がたは、それだけに優雅で気品がある…
と思いきや、暇を持て余した夫人たちは噂話が何よりも外界からの刺激…俺と瑠華が一緒に並んでいると、あからさまにひそひそ喋っている。
「あの人、若い男を連れ込んでるわよ。愛人風情が生意気ね」なんて。
あるいは、「ホストに貢いでるのかしら?それともあの人自身がホステス??」
もちろん、その二つのどちらでもない。
俺がふざけて奥様方の口真似をすると、瑠華は元気に笑った。
「物真似うまいですね。いちいち気にしてはないですけど」
仕方ないか。と瑠華は続けた。
女が24で高級マンションを購入するのは―――金銭面だけでなく、それに付きまとう根も葉もない噂話を受け入れる度胸が必要みたいだ。