Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「紫利さん、元気かなぁ」
なんて思わず呟く。
彼女の勤めていた銀座の高級クラブも、“マダム・バタフライ”という名だった。
『さよなら。あなたは……去り際までワルい男』
彼女の笑顔が鮮やかに甦る。
最後の最後までイイ女だった。
―――って、俺、気付いたら女のことばっかり!!
頭にはそれしかねぇのかよ!って突っ込みたくなる。
「どうしたんですか、さっきから怖い顔して。何か問題でもありました?」
佐々木が俺のデスクにコーヒー入りのマグカップを置いてくれた。
気を利かせてコーヒーを淹れてくれたみたいだ。
佐々木が女だったらなぁ…なんて思うほど、今女切れしてるのかも…
「サンキュ。悪りぃな」
そう言ってコーヒーを一飲み。
「あづっ!!」あまりの熱さに俺はマグカップを口から離した。
「俺は猫舌なんだよ。もっとぬるめに淹れてくれ。柏木さんだったら、いつも適温で淹れてくれるのに」
ブツブツ言って口を尖らすと、
「だったら自分で淹れてくださいよぉ」と佐々木も同じように唇を尖らせている。
ってか佐々木クン。俺はキミの上司だよね??何よ、そのひどい扱いは…
「なぁ佐々木」
佐々木は自分の席に座ろうとしていたが、俺はそれを引き止めた。
「何ですか?」と若干面倒くさそう。
「今って暦の上では秋だよな?なのに蝶ってありえなくね?」
俺はパソコンに止まっている青い羽をした蝶を指差した。
佐々木は訝しそうに目を細めて、その蝶を見ると
「それ、蛾ですよ」
と一言。