Fahrenheit -華氏- Ⅱ
弱々しい明りの下、彼女の存在だけがまるでスポットライトを浴びたようにリアルに浮かび上がっている。
ベージュ色の上品なデザインのスーツ。
緩やかに巻いた短い髪が、風でなびくのを押さえる仕草まで五年前と変わっていない。
「真咲―――………」
俺は目を開いて彼女の名前を呼んだが、足は地面に吸い付いて一歩も動けない。
もうすぐ11月だというのに、俺の背中に嫌な汗が伝った。
真咲はじっと俺を見据えている。
まるで射るように。
その瞳に険悪な何かが光っていた―――ように見えた……
「何で……」
独り言のように呟いた弱々しい問いかけは―――風の音がさらっていった。
彼女の元に届かない。
何故だろう。
『もう二度とあたしの前に姿を現さないで!』
あいつの言葉はあんなにもはっきりと届いたのに。
だから俺は言われた通り…って言うか、そもそも用がなかっただけだけど、あいつの住む横浜には立ち寄ってない。
何故今頃になって俺の前に現われる―――