Fahrenheit -華氏- Ⅱ
落ち着いた茶色の髪が揺れて、毛先のラインで何かがキラリと光った。
蝶の――――ピアスだ
『ね、“バタフライ効果”って知ってる?』
昔……本当に遠い昔に、真咲が言い出した言葉をふいに思い出す。
『あ?「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」ってヤツ?』
『そうよ。小さな出来事が、やがては無視できない大きな出来事になる現象のことよ』
その答えに俺は肩を竦めた。
『そんなのただの偶然が重なったに決まってる』
『啓人ったら全然ロマンチックじゃないんだから』
真咲は口を尖らせていたっけ。
そのときは聞き流していた。
だけど今はそれが大きな意味を持つことだと、俺は感じている。
遠くであまり上品ではないエンジン音が近づいてきた。
大型のトラックが、荷台をがたがた言わせて近づいてくる。
トラックは目の前の道路―――俺と真咲の間を派手な排気ガスを撒き散らして、無遠慮に走り去って行った。
鼻につく排気ガスの臭いに顔をしかめ、再び前の通りに目をやると真咲の姿は綺麗に消えうせていた。
あまりに突発的な出来事だったから、一瞬俺の見間違いかと思ったが
俺はそれが見間違いじゃないことに気付いていた。
真咲は、俺に会いに来たんだ。
だけど今更何故―――?