Fahrenheit -華氏- Ⅱ
二村の奴―――、一体何だってんだよ。
何かしっくりこない妙な居心地の悪さを抱え、俺は社長室に向かった。
最上階の給湯室で綾子が小声で何かを喋っていた。
「あや……」と声を掛けようとして、何故か戸惑った。
綾子の様子がどうもいつもと違う。
綾子の声しか聞こえないから、電話でもしてるんだろう。
こそこそと、周りを憚るように声を低めている。
「そう。じゃぁ今日には?―――ええ、それはいいわよ。二人だけの秘密ね♪」
秘密
聞いちゃいけないことを聞いてしまった気がして、俺は思わず廊下の角に身を潜めた。
「ええ、早く会いたいわ」
なぬ!?早く会いたいだと!?しかも妙に色っぽい声出しやがって。
綾子!一体電話の相手は誰なんだっ!!
オトコか!?オトコなのかっ!
裕二はどうしたよ!!
浮気かっ??
「ええ。待ってる―――え?ああ、あのバカは少しも気付いてないわ」とケラケラと笑ってさえいる。
おい裕二っお前バカ呼ばわりされてるぞ!
綾子の話はまだまだ続きそうだった。これ以上立ち聞きするのもどうかと思ったので、俺はそろりとその場を離れた。
「お疲れ様です、神流部長」
背後から声を掛けられ、俺はびっくりして思わず飛び上がった。