Fahrenheit -華氏- Ⅱ
喉がやられてるわけじゃないからタバコは平気だろうと、車の中で一本吸ったが、まずかった。
味覚も完全やられてる。こりゃ完全風邪だなぁ。
マンションに着くまでに一本を灰にできなかった俺は、まずくても吸い続け、エントランスの灰皿にタバコを押し付けた。
キーケースを取り出して、何気なくエレベーターホールに目をやると
その先から女の足が一歩前に踏み出た。
カツン…
小気味良いピンヒールの靴音。
すらりとした足が見えて、パンプスの先が目に映った。
深いネイビー色の光沢のあるパンプス。
俺は目を開いて、その場で固まった。
デジャ・ヴュ
キーケースが大理石の床に落ち、カシャンと音が響く。
見覚えのある蝶のモチーフがゆらゆらと揺れていた。
『小さな出来事が、やがては無視できない大きな出来事になる』
「何で―――――……ここに……?」
乾いた俺の声が虚しくロビーに響いた。
蝶の羽ばたきは
運命をも変える
~ 過去よ、こんにちは END ~