Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「ま……!」
俺が一歩進み出て彼女を呼ぶと、彼女の指先は解けるように暗闇に消えると綺麗な蝶へと変わっていった。
真咲の指先が、腕が―――そしてやがては体までも美しい蝶に変わっていき、蝶は宙に羽ばたいていった。
一種異様な光景に息を呑んだが、綺麗と思ったのも事実だった。
真咲の首元まで蝶に変わっていくとき、真咲は一言呟いた。
ウラギリモノ
声は聞こえなかったけれど、口は確かにそう動いた気がしたんだ。
その瞬間、ものすごい蝶が羽ばたいて、俺は目を庇った。
恐る恐る目を開けると、そこは―――
俺の前の車―――……フェアレディーZの運転席だった。
助手席には真咲。
「―――どうゆうこと?」俺はタバコをくわえ、口から煙を吐き出しながら眉を吊り上げた。
「どうゆうことも何も、見たまんまよ」
真咲は鬱陶しそうに顔をしかめ、顔の前でひらひらと手を振った。
わずらわしい何かを振り払うような仕草だった。
「浮気―――と、とっていいわけ?」
俺は目を細めて小さくなったタバコを備え付けの灰皿に押しつぶした。