Fahrenheit -華氏- Ⅱ



真咲は黙ったまま、俯いた。


「やってらんね。そうゆうことなら今すぐ降りてくれ」


俺は助手席側のドアを顎でしゃくった。


真咲はふんと鼻で笑うと、ゆったりと腕を組んだ。


「あんたがそんなこと言えるくち?あたしにもっと酷いことしておいて」


今度は俺が押し黙った。


「あんたがしたことに比べれば、あたしの浮気なんて大したことないでしょ?」


大仰に言って、真咲は脚を組んだ。車を降りる気配は―――ない。


「じゃぁ俺に浮気を認めろってことか?」


「たった一回でしょ?別にあの人のことを好きとかじゃないわよ」


「ふざけんじゃねぇよ。たった一回でも浮気は浮気だ。俺は他の男とヤってる女を彼女にするほど心が広くねぇ」


俺の言葉に、ここではじめて真咲は俺を真正面から見据えてきた。


射る様に冷たい視線。黒い瞳の奥底で何かが渦巻いているように見える。


「あたしだって人殺しを笑って許せるほど心が広くないわよ」






ヒトゴロシ―――






俺の中で何かが崩れ去る音を聞いた。


それは二人の中で永遠のタブーであり、触れてはいけない問題だったんだ。


俺は太い息をついた。


何もかもが、どうでも良かった。





「俺はこの先お前に一生支配される運命ってわけ……か」





それこそ浮気を黙認しろ、と真咲は言ってきている。


でも俺はそれに逆らうことはできない。


俺は





ヒトゴロシだから。





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