Fahrenheit -華氏- Ⅱ
俺は真咲に恋をしていなかった。
ただ単にタイミングが良かったのと、流れで付き合っただけに過ぎない。
それを恋の顛末と思うのはバカげている。
だけど俺はあいつのことを―――それなりに好きだったときもある。
長いようで短い回想の夢から覚めると、全身に汗をかいていた。
熱のせいなのか、それともあまりにリアルな過去の夢のせいか―――
両手のひらを広げると、そこにも汗が浮かんでいて嫌な熱を感じた。
照明を落とした部屋はひんやりと冷たい。
隣に瑠華の姿は―――なかった…
携帯のデジタル時計で時間を確認すると、夜中の2時。
ちょうど丑三つ時だ。
嫌な時間帯に起きてしまった。
あまりそう言った迷信めいたことを気にするたちじゃないが、
「ヒトゴロシ」
真咲のあの言葉が妙にリアルに耳に張り付いていて、
気分は最悪だった。
目を閉じて、もう一度眠りに入ろうと決めたとき……
遠くで赤ん坊の泣く声が聞こえた。
ぎくり…として目を開ける。
窓が開いているのか。開いていて、どこか他の部屋で赤ん坊が居るのだろうか。
そんな風に都合よく考えたけれど、窓が開いている気配はない。
それに赤ん坊の声が聞こえるほど、このマンションの壁は薄くない。
汗が引いた背中に、今度はぞくりと悪寒が走った。