Fahrenheit -華氏- Ⅱ
綾子が手招きするので、俺は席を立った。
綾子は佐々木と二村をちらりと見ると愛想笑いを浮かべて、そして俺に、無言でついてこいと目で合図してくる。
ったく。何だってんだよ。朝っぱらから。
とぶつぶつ文句を言いながらも結局はついていく俺。
(強い)女には―――何故か逆らえないんだよなぁ…
俺を綾子に廊下の奥にあるベランダまで連れてこられた。
広いベランダには、可燃や不燃などのゴミ袋が積んである。
週に2回の集荷に出しているとは言え、結構な量のゴミだ。
夏じゃなくて良かったなぁ。なんて場違いなことを考える。
お世辞にも雰囲気がいいとは言えない場所だ。
「体の具合はどうなの?」
綾子はベランダの手摺りにもたれかかると、腕を組みながら言った。
「ああ。もう平気」
「ふぅん。大したことじゃなくて良かったわね」と、全然心配してそうにない、そっけない口調と表情。
「そんなことが言いたいんじゃないんだろ?」
俺はスーツのポケットからタバコの箱を抜き取った。
喫煙スペースで吸うやつが大半だが、ここにも錆びた缶の灰皿が置いてある。
その灰皿の中には、まだ真新しい吸殻が捨ててあった。
誰かが利用してるらしい。
タバコの先に火を点けると、綾子は俺のタバコケースに手を伸ばし、その中から一本抜き取った。
「やるなんて言ってねぇけど?」
「情報料よ。安いと思うわよ?」
綾子はどこか遠い目をして、タバコを口にくわえた。
ちっとも楽しそうじゃないその表情に―――こいつがもたらす情報ってのが吉報でないことを知った。