Fahrenheit -華氏- Ⅱ
スキャンダルには充分気をつけて。
綾子と別れて廊下を歩きながらも、俺は綾子の言葉を頭の中で反芻していた。
俺は…
瑠華のことをスキャンダルなんて思っていない。
彼女は優秀だし、美人だし、親父も古くから知っている仲だし、美人だし、俺の財産を狙ってるわけでもないし、美人だし……
って、俺それ(美人)ばっか!
緑川副社長は、娘のシロアリ緑川とくっつかなかったから、俺に誰か特別な女が居ると推測したのだろうか。
あるいはシロアリから何か聞いてるのかもしれない。
いずれ結婚するにしても、下手な憶測が飛び交うのは今の時点でよろしくない。
綾子の話を終えて、俺はまっさきに自分のブースへ帰るわけではなく、隣の部署で雑務をこなしていた緑川の元へ向かった。
シロアリは面白くなさそうに束ねたコピー用紙にホッチキスを刺している最中で、俺が行くとすぐにその手を休めてぱっと顔色を変えた。
「部長♪どぉしたんですかぁ?」
能天気に俺を見上げて、だけどすぐに俺の顔色を見て表情を曇らせた。
「あの…あたし、また何かやらかしましたぁ?」
「いや。ちょっと話があるんだ。来てくれないか?」
シロアリのデスクに手を付いて覗き込むと、緑川はほんの少しだけ顔を赤らめた。
シロアリが立ち上がるとき、部長席の村木とばっちり視線が合った。
村木は訝しそうに眉根を寄せて俺を睨んだが、それでもすぐに興味が失せたのか視線をそらす。
何かを企んでそうな…
と言ってもいっつもこんな顔だから、何を考えてるのかわかんねぇけど。
俺はそんな村木を無視してシロアリを促した。
「あれ?部長…と、緑川さん??どーしたんですか?」
と、ファイルを抱えた二村と鉢合わせたが、俺は不機嫌そうに
「ちょっとね」と答えるしかできなかった。
「愛の告白ですかぁ?」なんて二村は能天気に、にやにやしている。
こいつは……
何も企んでなさそうだな。