Fahrenheit -華氏- Ⅱ






スキャンダルには充分気をつけて。


綾子と別れて廊下を歩きながらも、俺は綾子の言葉を頭の中で反芻していた。


俺は…


瑠華のことをスキャンダルなんて思っていない。


彼女は優秀だし、美人だし、親父も古くから知っている仲だし、美人だし、俺の財産を狙ってるわけでもないし、美人だし……


って、俺それ(美人)ばっか!


緑川副社長は、娘のシロアリ緑川とくっつかなかったから、俺に誰か特別な女が居ると推測したのだろうか。


あるいはシロアリから何か聞いてるのかもしれない。


いずれ結婚するにしても、下手な憶測が飛び交うのは今の時点でよろしくない。


綾子の話を終えて、俺はまっさきに自分のブースへ帰るわけではなく、隣の部署で雑務をこなしていた緑川の元へ向かった。


シロアリは面白くなさそうに束ねたコピー用紙にホッチキスを刺している最中で、俺が行くとすぐにその手を休めてぱっと顔色を変えた。


「部長♪どぉしたんですかぁ?」


能天気に俺を見上げて、だけどすぐに俺の顔色を見て表情を曇らせた。


「あの…あたし、また何かやらかしましたぁ?」


「いや。ちょっと話があるんだ。来てくれないか?」


シロアリのデスクに手を付いて覗き込むと、緑川はほんの少しだけ顔を赤らめた。


シロアリが立ち上がるとき、部長席の村木とばっちり視線が合った。


村木は訝しそうに眉根を寄せて俺を睨んだが、それでもすぐに興味が失せたのか視線をそらす。


何かを企んでそうな…


と言ってもいっつもこんな顔だから、何を考えてるのかわかんねぇけど。


俺はそんな村木を無視してシロアリを促した。


「あれ?部長…と、緑川さん??どーしたんですか?」


と、ファイルを抱えた二村と鉢合わせたが、俺は不機嫌そうに


「ちょっとね」と答えるしかできなかった。


「愛の告白ですかぁ?」なんて二村は能天気に、にやにやしている。




こいつは……



何も企んでなさそうだな。






< 170 / 572 >

この作品をシェア

pagetop