Fahrenheit -華氏- Ⅱ
俺はシロアリ緑川を空いている会議室に連れ込んだ。
以前、俺がシロアリに迫られた場所だ。
あまりいい思い出でないし、気まずいのも確かだったが、場所を選んでいられない。
「緑川さん、俺と柏木さんのこと誰かに喋った?」
と、俺は前触れもなく単刀直入に聞いた。
緑川は、まさかこんな質問をされるとは思っていなかったみたいで、ちょっと驚いたものの、すぐに心外そうに眉を吊り上げた。
「誰にも喋ってませんよぉ。そんなの葉月が振られたって思われるじゃないですかぁ」
「副社長にも?」
「喋ってないですって。大体パパとは恋愛の話なんてしませんよぉ」
と、緑川はふくれっ面をして腕を組む。
その表情や仕草に嘘をついているようには見えなかった。
「そう。それなら良かった。悪いんだけど、そのこと黙っててくれる?特にパパには…」
「いいですけどぉ。何でですか?」
「何でって…まぁそりゃあれだな?同じ社内だと色々噂とか出回るし、あれこれ勘ぐられるだろ?」
「それはそうですけどぉ」
と、どこか納得の言っていない様子の緑川。でもこいつは社内の内部事情について詳しくは知らなさそうだ。
「それより君の方はどうなの?その、好きなやつとは…」
これ以上深く突っ込まれると厄介なので、俺は慌てて話題をそらした。
「そう、それ~!聞いてくださいよ~」
と、案の定緑川は顔色を輝かせて、俺を見上げてくる。
どうやら緑川の方もうまく行ってるらしい。