Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「お待たせいたしました」
愛想よく笑顔を浮かべて応接室の扉を開けると、すでにソファに座っていた男女が腰をあげた。
「いえ、アポイントを取っていただいただけでも光栄です」
人の良さそうな男…今まで電話でやり取りしていた担当者だと言う事がわかった…がぺこりと頭を下げる。
だけど俺はその男の隣で同じように頭を下げた女を見て、
固まった。
スラリと背が高く、その抜群のスタイルに、きっちり合った上品なグレーのスーツを着こなしている。
ベージュブラウンの短かい髪は緩やかなパーマがかかっていて、耳には小粒のダイヤのピアスが光っていた。
俺は身を強張らせたまま―――それでも体中から力が抜けていくのを感じた。
力が抜けた腕から、抱えていたファイルの束がするりと滑り落ちる。
バサバサッ
カーペットを敷いた床にファイルが落ちて散らばったが、俺はその音が聞こえなかったし、少しの間落ちたことさえも気づかなかった。
「……部長…どうされたんですか?」
瑠華が慌てて床に落ちたファイルを拾っているのを視界の端に捉えることができ、そこでようやくはっと我に返った。
「セントラル紡績の真咲です。はじめまして」
女の声を聞き―――
俺はそれが白昼夢でないことを……変えられない現実であることを―――知った。
―――真咲はその顔に含みのある笑顔を―――
浮かべていたのだ。