Fahrenheit -華氏- Ⅱ
すぐに総務部の女子社員がお茶を運んできてくれて、話は世間話から取引の内容に移り変わっていった。
男の方は……名前を菅井(スガイ)と言ったか、人当たりがよく俺と瑠華の話に相槌を打っている。
感じのいい爽やかな営業マンだったが、こちらの提案の穴を素早く先回りして、それについての解決法をさりげなく進言してくる。
穴をつついてくる、と言うよりも俺たちをひたすら立てる会話にちっとも嫌味を感じない。中々の営業テクを持っている。
と思ったのも最初の数分。
と言うものの、彼の取引提案の内容に俺はほとんど集中できなかった。
向かい側で真咲が俺をじっと見据えていたからだ。
動揺して書類を落としてしまったり、お茶をこぼしそうになったり……
とにかく普段の俺なら絶対にありえない小さなミスを何度も繰り返した。
部屋の中は適温で空調がきっちり整っているのに、俺は首から汗が流れるのを感じた。
そのくせ寒気を覚え、背中からぞくぞくと冷える。
口の中がやたらと乾いて俺は早々に湯飲みの中のお茶を空にした。
それでもこの地獄のような打合せは15分ほどで終わり、双方が腰を上げ俺と瑠華はエレベーターで下っていく彼らをきっちり見届けた。
エレベーターが閉まる直前、真咲が薄く笑った気がして、またも俺は硬直したように身を強張らせたが、彼女の姿が見えなくなると、安堵感からどっと疲れがきた。
「部長、まだ体調が万全じゃないのですか?顔が真っ青」
湯飲み茶碗を片付けながら、瑠華がちょっと心配そうに顔を上げた。
「え……?そうかな…。大丈夫だけど」
曖昧に返して、俺はテーブルの上に広がった資料を片付けた。
「……あら?」
湯のみ茶碗を片していた手を止めて、瑠華が声を上げた。
「これ……忘れ物じゃないかしら。あの、真咲さんって方の」
そう言って見せてくれたのは、濃いピンク色をした携帯だった。