Fahrenheit -華氏- Ⅱ
真咲の言わんとしていることが、ここになってようやく分かった。
「何が言いたい」
カップの柄を握りしめる指に力が入った。
そこから俺の怒りを現す、ぎりぎりと言う音を立てていそうだ。
「怖い顔」真咲はどこか楽しそうに軽やかに笑った。
「柏木さんに、かなり本気なのね。
でも意外。
確かに美人だけど、あんたがあんな身近で手を出すとは。
厄介ごとは面倒じゃなかったの?」
真咲の言うことは一々的を得ている。だから尚更本気だと言うことを知られてはならない。
俺は真咲に気づかれないよう、そっとリングの掛かっている辺りを押さえた。
ホワイトゴールドの硬い感触を確かめるように、手を這わせて、
「もう一度聞く。何が言いたいんだ」
低い声が喉の奥から漏れた。まるで自分の声じゃないみたいに、くぐもって俺の頭の中で響く。
真咲はティーカップを持ちあげ、カップに一口口をつけるとゆっくりとした動作でソーサーに戻した。
「何も。
あんたの過去、彼女に言おうか。
それとも会社に怪文書を送って、みんなに知られるか。今考えてるところよ」
半分……
いや、半分以上想像してたことだ。だから今更動じない。
俺は何を言われたって真咲の脅しに乗る気はない。
だけど瑠華のことを考えたら―――……
絶対に彼女のことを傷つけたくないし、裏切りたくない。
俺がもし瑠華を裏切れば―――
ふっと、彼女の腕に巻かれた鮮やかなまでの白い包帯が鮮明に蘇った。
真咲は涼しい笑みを浮かべて、またカップに口をつけた。
俺はその飄々とした動作の真咲を睨みあげる。