Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「で?俺にどうしろって?」
真咲は頬杖をついて余裕の表情で俺を上目遣いで見上げる。
綺麗にマスカラの乗った長い睫が上下して、真咲の頬に影を落としていた。
「選択肢をあげる。愛する一人か、それとも大勢の他人か」
俺は目を開いて目の前の真咲を凝視した。開いた目が乾いて痛いぐらいだ。
真咲はそんな俺の反応を楽しむようにちょっと笑って、
「ただリスクとしては大勢の他人の方が大きいわよね。
なんていったってあなたはジュニアなんだから。次期社長のスキャンダルは痛い筈だわ。
ただ大勢の他人に知れた場合、自動的に彼女も知ることになるけど」
愉快そうに言った。
この……女狐が。
俺は心の中で悪態をつく。
「期間は…そうね、一ヶ月、少ないって言うのなら、二ヶ月に伸ばしてあげてもいいわ」
俺は膝の上で拳を握る。
握った拳の中で爪が痛い程掌に食い込む。
そんな俺の怒りをよそに、真咲は携帯を取り出した。
ピンクのカバーのスマートフォンだ。
「携帯を教えて。また連絡するわ」
「なんで教えなきゃなんねぇんだよ」
俺の精一杯の強がりに、真咲は表情を引き締め、ちょっとだけ身を乗り出した。