Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「それじゃ、またね」
真咲は伝票を置いて、去って行った。
残された俺は、まだほとんど手付かずのコーヒーに手を付ける気にもなれず、ただぼんやりとソファに背を預けながらタバコを吹かした。
あと二ヶ月―――かぁ……
どうするべきか。
しかも今は時期も悪い。
神流派と緑川派の派閥争いが表面化している今は、少しのスキャンダルでも全てがひっくり返る恐れがある。
「……バカだな、俺も……」
今更ながら……過去のことを思い出して、俺は目を閉じた。
目を閉じると、あのときの記憶が鮮明に甦る。
白い病室の、白いベッドに横たわった真咲―――
あのときの彼女は、病室の壁やカーテン、シーツと同じぐらい白い顔をしていた。
表情を無くした目でぼんやりと天井を見つめ、
俺が何かを語りかけても、彼女は返事を返さなかった。
「満羽―――」
そう呼んで、そっと真咲の手を握ったが、
彼女の細い手からは体温があまり感じられなかった。
冷たい手を握りながら、俺は
「ごめんな」
そう呟いたんだ。
真咲はあのとき―――
表情を失った虚ろな顔に、一筋の涙を流していた。